荒野のローダンセ


 あてもなく各地を転々とした。親友を探しているようにも、死に場所を見つけているようにも見える旅だった。ふらり、ふらりと生気のない顔で彷徨さまよう姿はさぞ不気味だったろう。
 あまりにも無防備な状態だったからか、何度も賊に襲われた。その度に返り討ちにして、全身は乾いて茶色くなった返り血に塗れている。見た目が凄惨過ぎたのか、そのうち賊にも襲われなくなった。
 今日はどうやら賊の溜まり場に足を踏み入れてしまったらしい。もう抵抗する気にもならず、されるがままに地面に転がる。痛みも感じない。あるのは意識とまだ生きているのか、という実感だけ。
 いつの間にか賊の影は消えて一人になっていた。僕が全くの無抵抗でつまらなかったのだろう。
 ぽつぽつと冷たい何かが顔に当たる。雨だ。
 もうなんだかどうでもよくなって僕は意識を手放した。



 目が覚めた。どうやら死に損なったらしい。全く感覚のなかった全身も、今は激しい痛みを発している。起き上がることもできずにとりあえず天井を見つめる。……しかしここはどこなのだろうか。
「目覚めたか」
 声が聞こえて、どうにか首だけをそちらに向ける。いたのは銀灰色の髪を持つ、いかめしい顔をした男。
「倒れていたからとりあえず応急処置だけしておいた」
「…………」
 余計なことを。それがなければ今頃死ぬことができていたかもしれないのに。僕は心底目の前の男を恨めしく思った。
「俺はダニエル・アトウッド。お前は?」
「…………」
 答えなかった。答えたくもなかった。死に損ないに名前などいらない。
「まあいいか。呼べないんじゃ困るからとりあえず『マシュー』って呼ぶぞ」
 名前なんてどうせ記号なのだからなんとでも勝手に呼べばいい。正直どうでもよかった。

 ダニエルと名乗った男は一日部屋にいる訳ではなかった。だか朝と昼と夜、必ず食ことの時間には顔を出して僕に食べ物を与えた。
 毎食、堅く閉ざした口を無理矢理こじ開けて吸い物を含まされる。食べたくもないのに強引に入れられた液体を吐き出す訳にもいかず、僕は渋々飲み下す。
 そして食ことを終えたあとは必ず何かを語って聞かせた。僕のことを『マシュー』と呼びながら。
 ここはどこなのか、だとか外はどんな様子か、だとか天気は、気温は、……そんなとりとめもないことを訥々とつとつとした語り口で話す。どうも喋るのはそこまで得意ではないらしい。
 自分はどんな仕ことをしているのかも話していた。とある組織に所属していて、そこの戦闘員として任務を行っているらしい。こうしている現在も任務の最中であるとかなんとか。
 基本的にもうどうでもよくなっていたが、その話にだけは興味をそそられた。行く場所もない。死ぬにも死ねない。それならその組織とやらに入るのもいいのかもしれない。いつの間にかそう考えるようになっていた。
 そしてようやく立てるようになった頃。
「そろそろ俺の任務も終わりだ。マシュー、お前はどうする?」
 ダニエルはそう僕に尋ねた。だから僕は目覚めてから初めて声を発した。
「その〈組織〉に入るにはどうすればいいですか」
  呵々かかとダニエルは笑って言った。
「俺について来い」

 こうして僕は「マシュー・アトウッド」としてとある組織に所属することになった。
 名前は名乗れなかった。誰も救えず、けれど死ぬこともできなかった僕に元の名前を名乗る資格などない。
 それに適当につけられた『マシュー』という名もそこそこ気に入っている。名無しで困るよりは良いだろう。そんなことを思うあたり、僕もダニエルに毒されている。
 まあ死に損ないが行き着くには丁度いい場所だ。僕はそう感じながら今日も戦場を駆け巡っている。




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