Dance of death


 灯りに照らされた夜の街も、ひとつ道を逸れると薄暗い裏通りが顔を見せる。
 ここはそんな裏通りの酒場の地下。合言葉を述べると通される、違法な人身売買オークション会場だ。
「さあお次は今回の大目玉! 珍しい虹彩異色ヘテロクロミアの少女だ!」
 悪趣味でしかない鉄の人籠にかかったヴェールが取り除かれると、紺碧の夜空のような髪色をした少女が現れる。
 目を閉じて中央に座していた少女は、ヴェールが取り払われると、立ち上がってゆっくりと一礼した。
 サイドに高く結わえられた髪が、白いフェザードレスにさらりと零れ落ちる。
 顔を上げた少女が両目を開くと、会場はにわかにさざめき始める。少女は蜂蜜のような金眼を左に、深緑の森のような翠眼を右に持ち、籠の中で控えめに微笑む。
「値段は五〇万から! 愛玩するもよし、夜伽をさせるもよし、皆さまどうぞ奮って競り落としてください!」
「一〇〇万!」
「二七五万!」
「五〇〇万!」
 司会の号令を皮切りに、仮面をつけた参加者は次々と値段を吊り上げていく。少女は会場を一瞥すると、「ああ、買い取るのはこの人だろうな」と目星をつけた。周りが盛んに手を挙げる中、その人物は腕組みをした酷薄な表情で会場を冷ややかに眺めている。
 挙手のペースが下がり、あと一声で競り落とされるであろうというところで男は静かに口を開く。
「二八〇〇万」
 その声に会場がシン、と静まり返ると男はニタリと口元だけに笑みを浮かべる。瞳に浮かぶのは狂気。
「皆さま、よろしいですか?」
 司会はこれ以上声を上げる者がいないことを確認する。
「それでは二八〇〇万で決定したいと思います」
 簡潔に述べると、司会は手にした鍵束で人籠の鍵を開ける。
「行きますよ」
 少女を引き連れ、司会は男の元へと歩み寄る。
「さあ旦那様、こちらになります」
 下卑た表情を貼り付けた男は、俯く少女の顎を強引に持ち上げて告げる。
「よろしく頼むよ、お嬢さん」

「……頼まれるつもりはありません」

 一瞬、何が起こったのか、その場にいた誰もがわからなかった。
 どしゃり、と少女を競り落とした男が床に頽れて、血の海が広がり始めたところでようやく悲鳴が響き渡る。
 男の胸には刃渡り二十センチほどはありそうな鋭い小刀が突き刺さっている。
 少女は男を無表情に一瞥すると、どこからともなく取り出した刀をすらりと構える。
「皆さま、ご覚悟を」
 そう言って、少女は一息に駆け出した。



 急所をひと突き、首落とし。上下真っ二つに四肢欠損と、種々様々な死体が元オークション会場に転がる。
「随分派手にやったわねえ」
 積み上がる屍の山々を見て、呆れたように肩を竦めるのは少女の同僚。
「これが仕事だもの」
 対する少女の答えはそっけない。得物を一振りして血糊を落とし、静かに鞘へ収める。衣裳は染み一つもなく、不思議なまでに純白を保っている。
「だからと言って自ら人質になることはないでしょう?」
 諫める同僚の言葉などどこ吹く風。少女は長い髪とピアスを揺らめかせながら酒場の階段を昇っていく。
「ん」
 はあ、とため息を吐いた同僚からの煙草に火をつけると、明け方の空に紫煙が漂う。
「ネル」
 心配性な同僚が再び口を開く。
「……あまり無茶しちゃ、駄目よ」
 心底不安そうに少女を見つめる同僚に、ネル──ミネルヴァ・フランチェスカは背中越しに片手をひらひらと振るのだった。

「私にはこの仕事以外生きる術がないもの」




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