Mission5 宵


「早速本題に入りましょうか」

 栞さんの話はそんな一言から始まった。
「皆さんご存知だと思いますが、この世には二つの世界があります。太陽の海ソレイユ・メール月の森リュンヌ・フォレ、そして間にある大地の橋テール・ポン。……お伽話では平和を取り戻した、と結ばれていますが、実のところそんなに甘い話ではなかったのです」
 何かを含んだような物言い。あの短い話の平穏さが一気に崩れ去ったような感覚。安定した足場が急になくなったような感じだ。
「……つまり?」
 不安そうに海が続きを促す。
「両方の世界で色々問題が起こってる、って事だ」
 栞さんではない声に少し驚くと、それは隣の吟先生から発せられていた。
「吟! 私の説明を黙って聞いている、そういう段取りのはずでしょう?」
「悪い、あんまりにもまどろっこしい話し方するからつい。──続けて」
 口を挟んだ吟先生を咎めるように声を荒げる栞さんと、あまり反省の色もなく謝る吟先生。外から見たら微笑ましいやりとりなのだろうが、生憎あたしは中にいて、しかも話を聞いている最中だ。緊張のせいで頭の中ではこんな事を考えられても、表情に出す余裕なんて全然ない。
「全く……。ええ、吟の言う通りです。間に空間を作った、と言っても所詮違う文明を辿ってきた二つの世界が直接干渉しあっているよりはマシ、といった気休め程度というところでしょうか。──そちらの世界で不思議な事件が起きた、というような事を耳にしたりしませんでしたか?」
 栞さんはそう言ってあたし、海、ゆかりを順に見やる。
「確か……火の気のない所からいきなり出火した、とか?」
 と、あたし。続いて海とゆかりが、
「防犯カメラに人影が映ってないのに、宝石店の貴金属や紙幣が丸ごと盗まれた」
「あたりに水気がないのに、どう考えてもその場で殺されたような溺死体が発見された……とかですか?」
 と言葉を続ける。ゆかりは自分で言って怖くなったのであろう、少し身体が震えていた。近くに行って落ち着かせてあげたいけれど、ここからじゃどうしようもならない。すると、隣にいた詩音の妹がゆかりの手をとって笑いかけた。
「大丈夫。落ち着いて、ゆかりん」
 ただの中学生とは思えない、落ち着いた声。やはりここにいるだけの事はあるのだろう。その言葉に幾分か安心したのだろうか。ゆかりの震えは徐々に収まっていった。
「……そう、それら一連の事件は魔法が関係して起こっています。その逆もまた然り。フォレでは科学が悪用された事件が多発しています」
 栞さんはゆかりの震えが止まったのを確認して、話を続ける。
「要するに異なった文明が接触してしまった事で、双方の技術が相手の世界に漏洩している、という事ですか」
 彼女の台詞を聞いた海が、その言葉をまとめる。
 栞さんは頷いて、再び口を開いた。
「そういった事件の解決、及び阻止をするのが私達暁の星オーブ・エトワルの役目です。上部構成組織、通称ソワレは現在二十四人で、今日来てもらったあなた方五人を加えれば二十九人になる、少数部隊です。……今は少々人がいませんが」
 冒頭から気になっていた"暁の星オーブ・エトワル"という語の意味が、ここにきてようやく分かる。すなわち、あたし達が生徒会室に呼ばれたのは新規メンバーを迎えるため、という事になる。
 でも理解できない事がまだ一つある。あたしはその疑問を口にした。

「どうしてあたし達だったんですか」

 編入してきたばかりのあたしや海やゆかり以外にも、ここには沢山の生徒がいるはずだ。この三人──いや、まだ一言も発していない茶髪の少年と黒髪の少女も含めた五人が選ばれた直接的な理由を、あたしはまだ聞いていない。
 ここまで説明を続けてきた彼女は、あたしの言葉がそんなに意外だったのだろうか。一瞬驚いたようにその垂れ目を丸くして、ハッとしたように元に戻しながら言った。
「それはあなた方に……他の一般生徒とは違う強い意志があるからです」

 強い、意志。その言葉に反応してあたしは周囲を見渡す。そこには幾つもの力強い瞳──明確な志を持った視線が様々に存在していた。
「お父さんとお母さん……蒼井奏多と蒼井詩穂もソワレに所属していたんですか」
 ゆかりが栞さんに問う。ついさっきまで震えていたとは思えない、しっかりとした口調だ。
 彼女もそれに応えるように凛然とした口調で答えを述べた。
「奏多さんも詩穂さんも、確かにこの組織に所属していました。とある任務へ向かったきり、消息が途絶えてしまいましたが」
 尻すぼみに声が小さくなる。先程までのしっかりとした彼女はどこへ行ったのだろうか。毅然とした態度とは裏腹に、その言葉を言い終えた途端、栞さんは後悔や様々な感情が入り混じったような顔で目を伏せた。


 長い沈黙。口を開くのを躊躇うような空気に周りが沈み込む。
 何十秒だったか、何分だったか。その重苦しい雰囲気を打ち破ったのは、黒いショートヘアに紫色の瞳をしたあの少女だった。
「それってあたし達も危険な目に遭う可能性がある、って事ですよね」
 冷たく言い放たれたその言葉。少女は尚も言葉を続ける。
「しかもその意志、ってのを盾に結局のところあたし達を利用する、って事になりますよね」
 かなり屈折した受け取り方だ。でもそれだけ慎重であるとも取れる。一触即発の空気に、あたしは栞さんの出方をハラハラしながら見守るしかない。

 再度訪れた重苦しさを破ったのは、やはり栞さんだった。
「……そうとも言えるかもしれません。──でもあなた方にはあるはずです。ソワレにどうしても入りたいと思う強い想い、叶えたい願いが」
 少しおこがましいかもしれませんね。栞さんはそう付け足す。あたしは行き場がなくて円卓の中央を見つめていた視線を上げて、彼女の方を見た。
 あたし達をジッと見つめる栞さんの瞳には、静かな、けれど確かな光が宿っていた。

「──ソワレに入るか、入らないか。判断は委ねます」


 栞さんがあたし達に答えを託した後、室内は三度目の静寂に包まれた。重くはないけれど、答えを待っている、そんな雰囲気。
 正直、あたしはまだ頭の整理が追いついていなかった。学園に来ればお父さんとお母さんの手がかりが掴める、それだけのはずだったのに、あまりにもとんとん拍子に話が進んでいてキャパオーバーだ。
 ただ、これだけは言える事がある。多分ここで断ったらあたしにはもう前に進む術がなくなるという事。つまり最初からこちらにはYES以外の解答権はない、と。
 理事長も中々食えない人だ、と思いながらも、あたしはその答えを最初に口にする勇気を持ち合わせていない。
 誰か早く。早く答えを口にしてくれないだろうか。きっと他の四人も思っているであろうその台詞を、頭の中で反芻する。
 あたしの内心を知ってか知らずか、一番に声をあげたのはここまで一言も発していなかった茶髪の少年だった。
「俺は入る」
 真っ直ぐ栞さんを見つめる真剣な眼差し。続いて彼に背中を押されたように隣の少女が、
「あたしも入ります」
 と。それに続いて海、ゆかりの順に
「私も」
「私も」
 と同じ台詞を。残るは一人だ。
「あたしも。──ソワレに入ります」

 瞬間、室内がワッと湧き上がる。同席していた皆が不安だったのだろう。詩音の妹なんか、ゆかりの手をブンブン振り回しているし、隣の吟先生はあたしと海の頭をクシャクシャと撫で回している。全く態度が変わらない人が若干名いるけれど、そこはまあご愛嬌だ。
 しばらくして、一緒になってはしゃいでいる自分に気づいて恥ずかしくなったのか、栞さんは少々顔を赤らめながら咳払いをした。
 途端皆も我に返って、場は徐々に静かになっていく。
「これで臨時会議を終わりにします……と言うところですが、最後に一言」
 栞さんは満面の笑みでこう告げた。

「ようこそ、ソワレへ」




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